伊良部島最高!
もう4年越しになる。2007年春に東京の飲み屋で上司と意気投合し、大物釣りの企画。
その夏に伊良部島へマグロ釣りに来たが、台風に襲われ撤退。不運にも翌年、翌々年も海が荒れ釣りに行けず。
上司は嵐を呼ぶ人だから今年もだめかぁと少し心で思いながら、今年もしぶとく伊良部大物釣りを企画した。
夢であるマグロの踊り食いをするために。
一昨年にマレーシアへの転勤を命じられ、現在はマレーシアに滞在している。
なので、クアラルンプールから東京へ行き、トランシップして伊良部へという旅程となる。
KLから東京までの飛行経路を見てみると宮古島の隣をかすめて飛んでいる。
軽くパラシュートを使って降りたい気分に駆られた。
宮古島を経由して宮古フェリーで伊良部に到着。やっぱり伊良部はいい。
青く澄んだ海と空、のほほんとした雰囲気と人。
都会の雑踏の中で、蟻んこの様に働いている時の自分を忘れ、心も体もリフレッシュすることができる。
やはり年に一回はこなければなぁと思う。
佐良浜港から宿泊先である母の実家へ、町並み、風景は昔から殆ど変わっていない。
アジャ(伊良部の方言で長男と言う意味)と親戚一同に挨拶し、その後おじぃとおばぁの墓参り。
昇進が掛かっているので今年こそ大物とは言わないが、釣りにいけますようにとお願いした。
心の中に「分かった。」と言う声がかすかに聞こえた。
出港前日の夜、船長を交え飲み会が開かれた。オリオンビールを片手に、船長から情報収集。
天候は良好なので明日は出船はできるとのことだが、最近は大物はあまり揚がっていない様子。
でも4年越しに沖に出船することができる釣りバカ集団?にとってはそんなことはどうでもいい。
早くマグロを釣り上げたい。
遠足前の小学生のようなわくわくする気持ちを抑えながら、話もそこそこにし、明日の格闘に備え、鋭気を養うことにした。
午前1時、仕掛けを船へ積み込み、いざ出船。
上司と私と前日に誘っておいた従兄弟のプーニャンを乗せた船は闇の中を波を掻き分け突き進んで行く。
波が少し高く、上司と船首でタイタニックはできなかったが、パヤオまでの途中、満開の星空を堪能し、時折見える流れ星に願いごとをした。
出船して2時間、船が急に止まった。回りを見渡してみると、パヤオも他の漁船も全く見えない。
不思議に思い船長に尋ねると、初めはイカを釣ってそれを餌にするとのことだった。
イカ釣りの仕掛けを持ってきていない私たちは、しばしの間船長とその息子さんのイカの釣りっぷりを見学していた。
初めは興味津々でイカ釣りを見ていたが、漂っている船は揺れが激しく、イカ釣り見学よりもみんなの船酔いの方が心配になってきた。
ふと、プーニャンを見てみると船室の方へ歩き出している。
エンジン音のうるさい船室に入るや否やポテリと大の字になり、寝始めた。たぶん船酔いしたのであろう。
その後、帰港するまでプーニャンの姿をみることはなかった。
商船学校を卒業し、オーストラリアまでの航海も経験しているプーニャンではあったが、
その航海の最中、極度の船酔いに見舞われたらしく
「バン(方言で自分の意)には船乗りの適正がまったくないとこが分かった。」と呟いていたことをふと思い出した。
本番の釣りを前にして、隊員が一人がいってしまった。上司と私で今後の釣りをこなしていかなければならない。
大漁だったら休む暇がないなと要らぬ心配をしつつ、上司の船酔いも気になった。
船首でイカ釣り見学をしていた上司と私であったが、突如上司が立ち上がり、千鳥足で船尾の方へ歩いている。
ドサリッ
船尾にあるトイレの前の人が一人横たわれるスペースに上司が倒れこんだ。
「少し眠る」と言い残してはいたが、今までの経験上たぶん少しではなさそうであったが、
上司の言葉を信じ、そして再度戦場に戻ってきてくれることを心より切願した。
これで隊員は私一人を残すだけとなってしまった。
船長さんたちは1時間ほど餌のイカ釣りをしてくれていたが、釣果は3杯。
日の出も近いこともあり、パヤオへ移動することを決断。
イカ釣り場から30分程走らせ、パヤオに到着した。
到着するとさっきまであまり見えていなかった漁船がちらほらと見え、一生懸命撒餌をばら撒いているのが見える。
こちらも負けじと餌釣りの仕掛けを下ろし、ふんだんに撒餌を行い、欲を書いて当たりを待ってる時間、ジギングもしていた。
が、神様がみているのであろうか、欲張っている人には幸を与えてくれないみたいである。
餌竿で辛うじて5kgのメバチと3kgのキハダの2本をゲットしたのみだ。
朝マズメのゴールデンタイムに2本だけというのは痛い。上司へのお土産の心配が心を過ぎる。
釣れない時間が長いのと、お土産の心配が合わさり、木の葉のように揺れる船の上でジグを思いっきりしゃくっていたので疲労が溜まってきている。
疲れがピークにさしかかろうとした瞬間、ついにあいつは私にもやってきた。
船酔いである。
ここで粘って致命傷を負う前に、寝て体に船酔いを誤魔化す必要があった。
ゴールデンタイムに寝るのはかなり忍び難いが仕方が無い。
断腸の思いで睡眠を決断。もう一度無事に戦場に戻れることを願いつつ、体を休めることにした。
2時間ぐらい寝たのであろうか。既に日は水平線から顔を出していて、周りには多くの漁船が見える。
私が戦線を離脱している間も、船長さんたちが代わりに釣っていてくれたおかげで数本のマグロ、カツオが揚がっていた。
これでお土産の心配は解消されそうである。
9時ぐらいまで餌釣りをし続けるも、釣果がぱっとしないので、トローリングに変更。
持ち込んだ竿に船長さんお勧めのルアーをセットし、リールから200mほど糸をだしながら
パヤオ周りの大物を狙う。
ルアーを海に投入してから10分もただずに当たりがきた!
「ヒット!」の声で船長さんが船の速度を調整し、マグロとの格闘に入る。
ラインはPEの15号を使用しているので、まず切られる心配は無い。
加えてドラグの調整も完璧である。ヒットしてからグリグリ巻いて約5分。
3kgぐらいのマグロが揚がってきた。
その後コンスタントに同サイズのマグロやカツオが揚がり続ける。
しかし、次第にこの釣りの欠点が分かってきた。釣り人にとっては贅沢な悩みであるが釣れ過ぎて疲れるのである。
たとえ3kgの魚でも200m引っ張ってくるのを何回も繰り返すと疲れてくる。
何度も釣り上げているうちに、そのうちもうヒットしないでくれと心で叫びながら、ビクビクしながら竿先を見ていた。
そんな矢先である。竿がグイッと大きくしなり、リールからラインがドラグを無視してスルスル出て行く。
今までの魚とは違い、大物の匂いがする。船の速度を緩め、格闘が始まった。
船が止まった時点で既にラインは100m程引っ張り出されている。300mか。
長期戦になりそうである。巻いては糸が出て行き、巻いては糸が出て行きを繰り返している。
横では船長さんが「これは大物だ!がんばれ!」と声援を送っている。一進一退を繰り返し残り150mまで来た。
もう既に腕はパンパンである。援護部隊をと思い後ろを見渡したが、プーニャンは大の字のまま船室で倒れこんでいて援護は絶望的である。
休戦を申し込みしたいが、魚は同意してくれそもうない。これは横で少しご休憩中の上司にお願いするしか手は無い。
背中にかまってくれるな的なオーラを放っている上司に意を決して声をかけた。
「大物がヒットしています!リールを巻いてください。一緒にマグロの活き造りの夢を叶えましょう!」
活き造りに反応したのかは未だ不明であるが、ぬぅと立ち上がり、
眠い目を擦りながら、竿に手を伸ばした。
ギコギコギコ。「がんばれ○野さん!釣り上げてくれ!」すかさずエールを送る。
激しく揺れる船の上で今まさに大物との格闘している!ギコギコ、シュルシュルシュルー、
私の時と同様に巻いては糸が出ての繰り返し。
上司の時ぐらい手加減しろ!と思うのだが大物はお構いなしに糸を引っ張り続けている。
数分間、全身全霊をリールこめて巻き続けていた上司であったが、
突如「ちょっと休む」と言い残し、戦線を離脱し定位置に戻っていった。
またしても船酔いが上司を襲ったのであろう。戦線に舞い戻った私は上司が捨て身で大物との距離を縮めてくれたことは無駄にはできない、
必ずや取る!と残りのラインを血眼になって巻き続けた。
やっとナイロンが見えてきた。
ナイロンを船長さんの息子が手際よく掴み、手繰り寄せる。
マグロは船の近くまで来ているが、最後の抵抗をみせなかなか姿を見せない。
数分の格闘後、海の底から円を描きながらマグロが浮上してくるのが見えた。
頼むからバレないでくれ!神にもすがる思いで息子さんのやり取りを見ていた。
ブスッ。船長のギャフがマグロを捕らえた。私たちの勝利である!!
船長さんと息子さんで船に引き上げ、焼けないように直に船倉のクーラーへ。
「40kgは超えてるね。」と船長さんの一言。
数年前に開催されていた伊良部スーパージャンボフィッシング大会で
姉が37kg、父が42kgのマグロを釣り上げていたのでその記録を抜く可能性が出てきた。帰港してからの計量が待ちきれない。

興奮冷めやまぬ間に、更なる大物を目指してトローリングを再開。小物が2匹続いて、再度大物がバイトしてきた。
リールをグリグリ巻き続ける。先ほど大物を釣り上げ興奮しているせいか疲れがを気にせずグリグリ巻ける。
数十分格闘の末、先ほどよりも少し小さめのマグロを仕留めることができた。
昼になるにつれ、当たりも遠のき、島よりのパヤオへ移動。着いたとたん大型のマグロのジャンプが見え期待を持つも、
釣れるのはマンビキと小さなマグロだけだった。楽しかった時間が過ぎ、名残惜しいがパヤオを後にし帰港へ。
佐良浜漁港に入港し船着場へ。岸壁で親戚が釣果を楽しみに駆けつけているのが見えた。
ギャラリーのいる中マグロの重量測定。船倉から上げられる2匹のマグロは確かに大きい。
固唾を呑みながら結果を待つ。受験の合格発表以来の緊張感だ。
さて結果はいかに― 47kgと39kg。

よし!念願だった親父の記録を塗り替えることができた!
(○野さんの力は借りたが、そのことは家族には黙っておこう。)
39kgのマグロはその場で解体し、親戚一同に分け、
47kgのマグロは棺桶みたいなボックスに入れられ上司の田舎、山形へ送られていった。
その夜、釣ったマグロの刺身を楽しみながら反省会が開かれ、
来年こそマグロ活き造りをするという野望を実現するために伊良部に再度来ることが決定した。
なのでまた来年も船長さんお世話になるだろう。
来年は控えめに3位ぐらいを狙っていこうと思う。欲張りすぎると神に見捨てられそうなので。
