|
|
| 「第11回 宮古島の神と森を考える会」シンポジウムに寄せて 会長の挨拶より |
|
| ・ 私は宮古島で、1970年に平良市(現宮古島市字平良)下崎の万古山御嶽を守っていた与那覇メガ |
|
| さんから次のような話を聞いたことがある。「昔、天の大神がオヤティダ・ウマティダをこの世につ |
|
| かわして宮古の島建てを命じた。・・・・・・・・・ 当時90歳近い老女がしゃがれた低い声で話して |
|
| くれたのは1930年に神のお告げを受けて彼女がつくった宮古の創世記である。・・・・・・ |
|
| 万古山御嶽の拝所のすぐ後の海岸には洞窟があり、メガさんは年に一度、7日7夜の間、水だけ |
|
| を飲んで一人こもる。 8日目の朝、太陽を誕生させるための用意をする。誕生した太陽がスデ |
|
| 水(生命の水)をあびる場所がその洞窟の中にある。 万古山御嶽を開いたメガさんの物語は |
|
| 一見恣意的に見える。しかし、彼女に新しい創作を作り出したいという意欲がない以上、そこに |
|
| 噴出する無意識の伝統性を感じないわけにはいかない。太陽が水浴びをする話は古代中国に |
|
| あり、その場所は咸池(楚辞)または甘淵(山海経)とされている。それが宮古島の一老女から |
|
| うして語られたのか。・・・・・・ |
|