宮古上布(今から400年程前から島に伝わる)                                                                   
                                          
宮古島の地図で案内
 
              原材料の苧麻(チョマ)     苧麻の葉の細長い繊維を      しめ糸作業
                               つないで糸
を作る       ここで模様を付け実際に織る



 


      宮古島の神を考える(1)    参考資料=宮古島の神と森を考える会より

「万古山御嶽」は宮古島平良の下崎地区にあり、宮古中から人々が神拝みに行っています
万古山ウタキ周辺
  

      「第11回 宮古島の神と森を考える会」シンポジウムに寄せて 会長の挨拶より
   ・ 私は宮古島で、1970年に平良市(現宮古島市字平良)下崎の万古山御嶽を守っていた与那覇メガ
     さんから次のような話を聞いたことがある。「昔、天の大神がオヤティダ・ウマティダをこの世につ
     かわして宮古の島建てを命じた。・・・・・・・・・ 当時90歳近い老女がしゃがれた低い声で話して
     くれたのは1930年に神のお告げを受けて彼女がつくった宮古の創世記である。・・・・・・
     万古山御嶽の拝所のすぐ後の海岸には洞窟があり、メガさんは年に一度、7日7夜の間、水だけ
     を飲んで一人こもる。 8日目の朝、太陽を誕生させるための用意をする。誕生した太陽がスデ
     水(生命の水)をあびる場所がその洞窟の中にある。  万古山御嶽を開いたメガさんの物語は
     一見恣意的に見える。しかし、彼女に新しい創作を作り出したいという意欲がない以上、そこに
     噴出する無意識の伝統性を感じないわけにはいかない。太陽が水浴びをする話は古代中国に
     あり、その場所は咸池(楚辞)または甘淵(山海経)とされている。それが宮古島の一老女から 
     うして語られたのか。・・・・・・
・・・(略)・・・ 神様の教えは、「人間は人間だから苦労して育てても、孝行する子も反抗する子もあり、
       人を傷つける者、言葉の荒い者、貧しい者、苦しんでいる者、神を信じる者、知らない者、いろ
      いろな人間がいますから、良くアカ数(神の子である人間)を教え、貧しい者達には自分の毛を刈
      り取って売ってまでも助けてあげなさい、親不孝な人間はよく教え真人間にしなさい」 という事
      であった。・・・・・・・実際、メガさんは多くの人を救い信頼を集めたそうです。
万古山御嶽は・・・人間の運気を司る神座として知られるようになり、おおくの人の信仰を集めるようになりました
     




                                              つづく