資料編

地下水の質に関することがら
   (1)肥料
   (2)農薬
   (3)作物栽培
   (4)硝酸性窒素濃度の推移
地下水の量に関することがら
   (1)湧水量の変動
   (2)地下水位の変動

 資料編では、本文の内容・記述を補足するために、宮古島の地下水に関わる資料・デー夕を示します。まず資料編1では、地下水の質に関することがら、資料編2では、その量に関することがらについてまとめました。


1 地下水の質に関することがら

 (1) 肥料

 表資-1に宮古全域における肥料の販売量を示しましたが、平成9年度に宮古全体で販売された肥料は約140種類でした。その総重量は約10,300トンで、このうち化学肥料は66%を占めました。
 図資-1に宮古本島部での肥料販売量の推移を示しました。肥料販売量の集計が可能になった平成元年度の販売量は合計で1万トンを超えていました。そのうちの約69%を化学肥料が占めていましたが、その内容はほとんどが高度化成肥料でした。その後、肥料販売量は年々減少し、平成9年度には平成元年度の65%になりました。
 一方、とくに葉夕バコ栽培などで多用されるようになった有機肥料は全体の1/3を占めるに至り、化学肥料の割合は57%に減リました。
 肥料による窒素の供給量は、図資-2に示したように平成元年度、宮古本島部で1,355トンでしたが、平成9年度にはその2/3以下の865トンまで減少してきています。
 宮古全体において販売された肥料中の窒素総量は、平成9年度に1,311トンでしたが、この内訳を肥料種別にみると、大部分(92%)を高度化成肥料などの化学肥料窒素が占めます。一方、有機肥料は、その販売量は近年増加してきていますが、化学肥料に比べて窒素含有率が低いので、窒素総量の3%を供給しているに過ぎません。
 このように肥料の販売量が少なくなってきた原因のひとつには、農家の高齢化や農業離れから、農作物の栽培面積が減ってきたことがあげられます。しかし同時に、図資-3に示したように、単位面積当たりの農地への施肥量も減少してきています。宮古本島部における、主な作物(サトウキビ、野菜類、花き果樹、葉タバコ、桑、かんしょ、緑肥作物、飼料作物)に対する単位作付面積当たりの平均窒素施用量は、平成9年度は、平成元年度に比べて、2割余り減少しています。この背景には、平成6年度にサトウキビの収穫茎が品質取引となって以来、サトウキビへ与える窒素の量を少なくするように、また有機肥料を使うよう指導されてきていることもあると考えられます。

 (2)農薬

 農業が盛んな地域では作物の病気や害虫を防ぐため、農薬もたくさん使われます。農薬は人体や生物に有害なものが多く、畑にまかれた農薬が大切な地下水を汚染するようなことがあっては大変です。農薬の使用は必要最小限にとどめるようにするとともに、その使用方法を守ることが大切です。とくに使用量の多い農薬に対しては、地下水などへの汚染を起こしていないか注意して監視しなければなりません。
 宮古全体での農薬の年間販売額は、図資-4に示したように昭和50年代から昭和60年度までは年々増加しましたが、62年度以降は減少しています。
 表資-2に示したように宮古では平成5年度以降、農薬販売量の詳細な集計が毎年行われてきています。平成10年度に供給された農薬の品名・品目数は200余り、総量は約 660 トンにのぼります。
 農薬の中で最も多いのは有機リン系の殺虫剤で、平成9年度には有効成分量で20トン余りが使われました。次いでカーバメート系殺虫剤、植物生育調整剤、殺菌剤、除草剤の順になります。これらの年間販売量の推移は、図資-5に示したように、近年減少傾向にあり、平成10年度の全体量は平成6年度と比較して3割減少しています。
 主な作物に対する作付単位面積当りの農薬施用量も、図資-6に示したように、近年減少傾向にあります。
 次に図資-5、6の推移の内訳をみると、平成8年度までの農薬販売量の減少は、主に殺菌剤の使用量の減少によるものでしたが、平成9年度以降はこれに加えて殺虫剤も減少し、全体的に使われる農薬が減ってきていることが分かります。地下水の水質保全の観点からは今後もさらに減農薬が進むことが望まれます。

 (3)作物栽培

 作物栽培の変化について、表資-3に宮古地域全体、また表資-4に宮古島における作物別作付け面積の推移(昭和30年から現在まで)を示しました。
 宮古地域では昭和30年頃には甘藷(サツマイモ)の栽培が最も盛んで、作物作付面積の半分以上を占めていました。しかしその後、甘藷の栽培は急減して、昭和50年代半ばには1%にも満たないほどに減少しました。
 一方、サトウキビの栽培面積は昭和30年から40年にかけて急増し、昭和60年度のピークには宮古全体の栽培面積が1万haを超えました。その後は減少に転じましたが、現在でも全体の作付面積の8割以上を占めています。
 野菜類は昭和50年代後半まで増加傾向にありましたが、その後徐々に減ってきています。
 近年栽培面積が増加傾向にあるのは、葉タバコと飼料作物で、マンゴーを主とした果樹園面積もわずかながら増えつつあります。
 宮古全体の作物作付面積は、昭和60年の約1万4千ha(うち宮古島は約1万ha) をピークに減少しはじめ、ここ数年は横ばいで約1万ha(うち宮古島は約8千ha)となっています。

 (4)硝酸性窒素濃度の推移

 宮古島において主な水道原水となっている3地点の地下水の硝酸性窒素濃度の推移を、図資-7に示しました。これを見ると、昭和50年代に硝酸性窒素濃度が急増したのがわかります。このままでは水が飲めなくなってしまうのではないかとたいへん心配され、そのような危機意識のなかで宮古島地下水水質保全対策協議会が創設されました。その後、硝酸性窒素濃度は少しずつ減ってきました。宮古本島の地下水の硝酸性窒素濃度は昭和62年〜平成元年度をピークに少しずつ減り、平成5年度以降はほぽ横ばいになっています。地上で窒素発生量が抑えられたことが、地下水の水質に良い影響を与えているようです。
 ところが伊良部島や多良間島では、図資-8に示したように地下水の硝酸性窒素濃度は増加を続け、両島とも年平均が水道水質基準の10mgL-1を超えてしまいました。両島では畑に与える肥料の窒素量が多く、しかも水に溶けやすい高度化成肥料などの割合が高いです。宮古本島部とは対照的に、地上で投入される窒素量を抑えられず、地下水の硝酸性室素濃度は上昇を続けています。
 宮古島における最大の水道水源である白川田水源について、その湧水量と硝酸性窒素濃度を降水量の推移とともに図資-9に示しました。この水源の硝酸性窒素濃度は減少傾向にあることがわかリます。一方、資料編2で詳しくみるように、湧水量は降水量に応じて変動しますが、硝酸性窒素濃度はほとんど安定しており、急激な変化はありません。雨がたくさん降って湧水量が多くなると、硝酸性窒素が薄められて濃度が下がると考えることもできますが、この水源ではそのようなことは起こっていません。例えば、平成5年度の後期は雨が特に少なく湧水量が大幅に減りましたが、硝酸性窒素の濃度は高くはならず、むしろ逆に下がりました。
 一方、同じ宮古島の地下水でも、図資-10に示した袖山水源の硝酸性室素濃度は白川田水源に比ペて変動が大きいです。また袖山水源では、濃度の変動が大きい年と比較的安定な年とが交互に繰り返されるような傾向も見られます。なお宮古島地下水水質保全対策協議会では、平成元年度から毎月継続して地下水の水質調査を行っています。その結果の一部を表資-5に示します。
(田代豊)


2 地下水の量に関することがら

 (1)湧水量の変動

 宮古島では島内のあちこちに豊かな湧水があり、昔も今も貴重な水源として使われています。このような湧水は一見枯れることなく湧き続けているようですが、その水量はどのように変化しているのでしようか。

水道水源の湧水量
 白川田水源と山川水源は水道水源として利用されている湧水で、毎日湧水量が測定されています。これら湧水量の年平均値の推移を示したのが図資-11です。湧水量は年によって大きく変動していますが、白川田水源の1日の湧水量は約15,000m3で、山川水源では6,000〜8,000m3程度です。また、これらの湧水量は降水量と関係があり、おおむね雨の多い年は湧水量も多く、雨の少ない年は湧水量も少ないです。とくに平成5年は年間降水量が1,4O0mmを下回り、その影響で湧水量も極端に減少しました。しかしその後は降水の増加とともに湧水量もほぼ例年並みに戻りました。
 図資-11をみると、雨が多く降ると湧水量が増えるようにみえますが、それを確かめるために、図資-12に昭和58年から平成10年までの毎日の降水量と白川田および山川水源の湧水量の推移を示しました。このデータをみると、湧水量は日々大きく変動していることが分かります。両水源の湧水量はよく似た推移をしていて、どちらも降雨に呼応した一定のパターンを繰リ返しているようです。このパ夕ーンは図資-13のように単純化して描くことができます。
@ まとまった量の雨(1日におおむね50mm以上)が降ると、湧水が増え始めます。逆に少しの雨では湧水は増えません。少量の雨水では地下水にまで達しないのでしよう。
A まとまった雨が降った後、1か月ほどの間湧水は増え続け、ピークに達した後減リ始めます。
B しかし、このようなまとまった雨が降るのは年に数回だけで、次の雨までの期間は湧水量がどんどん減り続けていきます。この減少ペースはほぼ一定しており、白川田水源で1日当り約60〜80m3ずつです。
 Bの減少速度をかりて計算すると、例えば15,000m3の日湧水量があった白川田水源でも、100日間まとまつた雨が降らなければ、ほぼ半分の8,000m3程度まで減つてしまうことになります。これは何も特別な例ではなく、雨の少ない秋から冬にかけて、しばしば現実に起こっていることなのです。したがって、長い期間まとまった雨が降らなかったり、何らかの理由で降雨時の湧水量増加が少なかったりすると、湧水量は水道水源として必要な量を割りこんでしまう可能性があります。
 そのような状況が平成6年1月に実際に起こりました。このときには白川田水源の日湧水量が5,000m3を割り、宮古島で初めての水道給水制限がありました。これに至るまでの降雨と湧水量の推移を見てみると、平成5年は全体に少雨で50mm以上の雨が3回しか降らず、しかもこれらのときにも湧水量は少ししか増加していません。白川田水源の日々の湧水量は、昭和末期から現在まで、おおむね以上のようなパ夕ーンによって決められています。ただし、さらに詳しくみると、これだけでは説明できない次のような湧水量の変化もみられます。
○ 昭和58年後半から59年にかけては湧水量の変化が少なかった。
○ 平成2年1月と5月、平成3年4月前後には、目立った降水がないのに湧水量が増え続けた。このようなことはそれ以降起こっていない。
 今後、このような湧水量の推移に変化が生じるか、あるいは例外的な湧水量の変動がまた起こるのかどうか、水源の保全のためにも注意して見守る必要があるでしよう。

水道水源以外の湧水量
 上水道水源以外の湧水水量については、詳しいデー夕がありません。平成10年5月にいくつかの湧水で実測した水量を、平成2年4月の「宮古島地下水水質保全調査報告」に掲載されている水量(その当時またはそれ以前の文献から引用されたデータ)と比較すると表資-6のようになります。おおむね変化のない湧水もあるものの、かつて豊富にあった水量がほとんど枯渇してしまつた湧水もあります。このような湧水は周辺での様々な土木工事などによって水の浸透が妨げられたり地下構造が破壊されたりしたものと考えられます。

 (2)地下水位の変動

 湧水量が変動するのと同様に、井戸の水位(地表から地下水面までの距離)も地下水量の変化に応じて上下します。水道水源として使われる井戸では、水位が常時測定されています。その推移を図資-14〜16に示しました。
 井戸によって水位が高い(水面が地表に近い)井戸や水位が低い(水面が深い)井戸があり、また、水位の変化がある井戸とほとんど変化のない井戸があります。ここに示した井戸の水位は、多くの場合、降水量との関係がみられ、雨の多い時期には水位が上昇し、雨の少ない時期には低下しています。
(田代豊)











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