X 汚しているのは誰?

水の中に硝酸性窒素が大量に含まれるといけない理由
   (1)硝酸性窒素のたくさん入った水を飲むと?
   (2)環境に及ぼす影響は?
地下水に硝酸性窒素はどれくらい入っているの?
   (1)世界各国では
   (2)日本の各地域では
   (3)宮古島の地下水水質の今昔
硝酸性窒素はどこからやってくるの?
   (1)地球をめぐる窒素
   (2)外国からやってくる汚染のみなもと-食料と飼料
   (3)化学肥料
   (4)生活排水に含まれる窒素
   (5)宮古島の地下水に含まれる硝酸性窒素の由来は?
   (6)多良間島の地下水に含まれる硝酸性窒素の由来は?
硝酸性窒素に関する規制
   (1)世界における規制
   (2)日本における規制

 これまで見てきたように、水、とりわけ淡水はすべての生命にとって欠くことのできないものであり、その貴重さは、今後ますます強く認識されるようになると思われます。ところが一方では、近年この貴重な水が汚染されつつあり、その保全対策も重要視されてきています。
 本章では、近年、問題となってきている水域汚染のうち、とくに硝酸性窒素による汚染問題をとりあげ、その問題となる理由、現状と原因についてみてみまし よう。なおここでは、海、河川、湖沼等の水域のうち、とくに地下水について、また対象地域としては、とくに宮古島について考えます。


1 水の中に硝酸性窒素が大量に含まれるといけない理由

 この章でははじめに、水域に含まれる硝酸性窒素がどうして問題になるのかをみてみます。多量の硝酸性窒素が飲料水に含まれた場合、また飲料水として利用されなくても、地下水や河川、湖沼等の水に大量に含まれた場合、環境に及ぼす害について考えてみましよう。

 (1) 硝酸性窒素のたくさん入った水を飲むと?

 硝酸性窒素が高濃度に含まれる水を飲むと、乳幼児はメタヘモグロビン血症をひきおこし死亡する場合があります。メタヘモグロビン血症とは、ヘモグロビン がメタヘモグロビンに変化することによって血液中に輸送される酸素量が減少する結果、体中が青色に変化し(チアノーゼ)、ひどい場合には死亡する病気をい います。例えば粉ミルクをつくる水の硝酸性窒素濃度が高い場合、乳幼児は次のようなしくみでこの病気にかかります。
 硝酸性窒素は、健康な大人では小腸の上部で速やかにかつ完全に吸収されます。ところが、とくに生後3か月ぐらいまでの乳幼児の場合、胃酸の分泌が弱いの で、硝酸性窒素は胃の中で亜硝酸性窒素に変化しやすくなります。この亜硝酸性窒素が血液中に入ると、ヘモグロビンをメタヘモグロビンに酸化させ、血液の酸 素輸送量を低下させるのです(図X-1参 照)。通常、人のメタヘモグロビン濃度は1〜2%ですが、25%を超えるとチアノーゼを呈し、60〜85%になると死亡すると考えられています。このよう に、もっとも問題視されるべきなのは亜硝酸性窒素ですが、飲料水にはほとんどの場合、硝酸性窒素のかたちで含まれているため、硝酸性窒素がとくに問題にさ れるわけです。
 また近年の研究によると、硝酸性窒素が多く含まれる水を飲むことにより、幼児の糖尿病が発病しやすいこともわかっています。
 飲料水を通じて感染する伝染病の予防には、水を煮沸させて消毒します。ところが硝酸性窒素は煮沸しても変質せず、減らないどころか、逆に濃縮させる結果 となります。ですから、飲料水に高濃度の硝酸性窒素が含まれている場合は、その原因を明らかにし、飲料水源に流れ込む窒素の量を少なくする対策をとる必要 があります。
(中西康博)

 (2)環境に及ぼす影響は?

 農地や畜舎などから硝酸性窒素が環境中へ大量に放出されるとまず問題になるのは、湖沼などの閉ざされた水域における富栄養化問題です。 具体的には、湖沼などの 水が富栄養化されると、アオコが異常に繁殖することが問題となっています。この場合、窒素に加え、アオコにとって重要なもうひとつの栄養であるリンが家庭 排水などから水中に排出されると、アオコが異常に発生するようになります。
 アオコは、気温の高い時期に湖沼、養魚池、金魚鉢などの水が緑色に濁る原因となる淡水性の植物プランクトンの一群で、藍藻と緑藻が含まれます。富栄養化 した水域ではおもに藍藻の繁殖が多くなり、ひどい場合には、アオコは水面に浮き上がり、緑色のペンキを流したような状態になります。このようなアオコの異 常発生は、わが国では阿寒湖、霞ケ浦、相模湖、津久井湖、諏訪湖、琵琶湖、児島湖などから報告されています。
 アオコが大量に発生すると、湖沼の美観が損なわれ、湖沼水が特有の臭気を放つようになるばかりか、水道水の不快な臭いや味の原因ともなります。またアオ コの夜間の呼吸や、遺がいの分解により水中酸素が不足したり、また魚のエラがアオコでつまることなどが原因となり、魚を一斉に殺害してしまうとも考えられ ています。さらに、アオコの原因となる植物プランクトンのなかには毒性をもつものもいることが知られています。
 アオコの毒性は、被害を受けた動物の症状から、神経毒と肝臓毒の 2 つに分けられます。このうち肝臓毒に関する被害が、より多く世界各地から報告されています。この肝臓毒は、アオコのうち、ミクロキスティス属に含まれる何 種かの藍藻により生成されます。アオコのわいた池水を飲んだ家畜が死亡するという事故がイギリス、アメリカ、ブラジル、オーストラリア、南アフリカ、中東 などで発生しています(日本でそのような報告はまだありません)。
 さらに近年、日本の近海でクラゲの発生数が増加しつつあり、その結果、漁獲量が減少したり、発電所の冷却水に入り込み、発電量を低下させるなどの害が出 てきていますが、このクラゲの異常大発生の背景には、陸地から海へ流される窒素やリンによる海水の富栄養化があるとの指摘もあります。
 なお、沖縄のような地域では、硝酸性窒素を多く含んだ地下水が海に流れ込んだ場合、島周辺のサンゴ礁に及ぼす影響が心配されるところですが、そのような調査・研究例はまだ報告されていないようです。
(中西康博)
ことば『「硝酸性窒素」って何?-「硝酸イオン」との違い』
コラム『ブルーベビー症』
コラム『氷の中に硝酸性窒素はどれだけ入るの?』

 


2 地下水に硝酸性窒素はどれくらい入っているの?

 前節でみたように、人間活動により環境中に多量の窒素が放出されると、人体害を及ぼしたり、また湖沼や河川等、およびそれらの周辺環境に大きな被 害を及ぼします。特に飲料水中に高い濃度で含まれると、乳幼児は死に至る危険があるため、飲料水の水質には充分な注意を払う必要があります。
 一方、後にみるように、わが国では飲料水を地下水に依存している比率は低いのですが、宮古島のように飲料水を地下水に全面依存している地域や、依存率の 高い地域が主に農村地域でみられます。また世界では飲料水を地下水に依存している比率が高い国や地域があります。このような地域では、地下水に含まれる硝 酸性窒素の濃度を監視することは、人の健康を考えるうえで、非常に重要となっています。
 では、飲料水を地下水に依存している国や地域では、実際にどれくらいの濃度の硝酸性窒素が含まれているのでしようか。これまでの報告例をもとにこのことについてみてみましよう。

 (1)世界各国では

 農耕地に施用された化学肥料に含まれる窒素による地下水汚染が初めて明らかにされたのは、1960年代のアメリカ合衆国においてです。 当時、イリノイ州デカトゥール市周辺の畑の中にある浅井戸で硝酸性窒素濃度が高くなり、やがて水道水源となっている河川水の濃度も飲料水の基準値を超えま した。そのとき、地下水に含まれた硝酸性窒素の約60%は、当地の主作物であるトウモロコシへ過剰に施肥された窒素質化学肥料に由来すると報告されまし た。
 この報告を契機に、1970年代には世界の各所で地下水が硝酸性窒素により汚染されていることが明らかになりました。
 このような硝酸性窒素による地下水の汚染について、欧米の現状を、文献(F.B.de Walle and J.Sevenster:Agriculture and the Environment,1998)を参考にみてみましよう。
 オランダは飲料水の約2/3を地下水に依存していますが、浅層地下水の窒素濃度はほぼ国の全域で5mgL-1となっており、東部地域、特に中東部から南東部にかけての地域では、6.5mgL-1以上となっています。
 飲料水の8割を地下水に依存するべルギーでは、ワロニア地方では飲料水の質が良く、EUの飲料水基準の硝酸イオンとして50mgL-1を超過している地域はほとんどないのですが、フランダース地方では、28の地方自治体あるいは全供給飲料水の約2%が、また家庭井戸の40%が基準値を超えています。
 飲料水のほとんど(98%)を地下水に依存するデンマークでは、農業地帯の地下水に含まれる窒素濃度の平均値は6.9mgL-1となっています。飲料水は基準値を充分に下回る値ですが、この背景には1980年代に、過剰な硝酸イオンを含んでいた水域を放棄したり、さらに井戸を深く掘って硝酸性窒素による汚染をあまりうけていない水域から水道水を取るようにしたことがあります。
 フランスでは飲料水の60%を地下水に依存しています。いくつかの地域では、農業に由来する硝酸性窒素による汚染のため、浅い地下水は放棄され、より深 い地下水から飲料水が取られるようになりました。最も強く影響を受けているのは、ブル夕ーニュ地方で、この地方では集約的な畜産の影響を受けています。ま たパリ盆地では集約的な作物生産のため、さらにフランス南西部ではかんがい農地の開発のために地下水が汚染されました。
 ドイツでは飲料水の85%を地下水から得ています。長期調査によると、その地下水に含まれる硝酸イオン濃度は、過去10年間に年に1〜1.5mgL-1の比率で上昇してきています。バイエルン地方では、硝酸イオンとして25〜50mgL-1の濃度で検出された飲料水源地点が16%、また50mgL-1以上の濃度で1回以上検出された地点が5.7%ありました。全国調査では、ニーダーザクセン地方において地下水採水地点の22.4%が、またノルトライン・ヴェストファーレン地方同様に16%が50mgL-1を超えました。
 イギリスでは飲料水供給の約7割は地表水(河川や湖沼水など)から得ており、地下水は主に比較的乾燥した東部地方と南部地方で利用されています。1987年において飲料水集水地域の約10%に水質問題があり、それらのうちの25%は硝酸イオン濃度が50mgL-1を超えたことで問題となりました。
 アメリカ合衆国では、1992年に報告された全国調査の結果によると、298万人(うち43,500人は乳幼児)が、基準値である10mgL-1以 上の硝酸性窒素を含む井戸水を地域社会で用いています。カリフォルニア州南部地域では、井戸の12%において硝酸性窒素濃度が基準値を超えていました。 ノーカロライナ州で9千以上の家庭井戸を調査した結果、3.2%が基準値を超えていました。イリノイ州のある調査では、286の地下水サンプルのうち、 19.9%が基準値を超えました。
 力ナダのノヴァスコシア州では全井戸の7%で、また同州のキングス郡では、採取された234の井戸水のうち12%で硝酸性窒素濃度の基準値(10mgL-1)を超えていました。農業地帯であるニューブランズウィック州のセントアンドレ地域では、井戸の39%で基準値を超えていました。
 一方、国連などの報告によると、硝酸性窒素による地下水汚染の発生は、近年においてはイラン、フィジー、インド、中国、スリランカ、タイ、台湾からも報 告され、本問題は世界的な範囲で進行しつつあります。特に、発展途上にある地域では水道整備の遅れから、飲料水の地下水依存率が高く、例えばアジア・太平 洋諸国ではモンゴルで82%、インドの村域およびモルジブで80%、サモアの地域で72%、ネパールおよびフイリピンで60%、タイで50%、ミャンマー で30%、中国で18%等となっています。
 このように地下水を水道原水として利用している地域において、地下水汚染は、より深刻な問題であり、早急な対策・改善が望まれています。
(中西康博)

 (2)日本の各地域では

 わが国においては、表X-1に示すように、国全体としては飲料水を主に河川水に頼ってきているため、硝酸性窒素による地下水汚染に対し、欧米諸国ほどには注意がこれまでに払われてきませんでした。また、わが国の農地の多くを占める水田地帯は、第Y章のコラム『水田のもつ水の浄化機能』にみるように窒素の浄化機能をもつため、地下水は比較的にきれいに保たれてきました。さらに、山がちな地形で川の流れが速く、雨の多いわが国の条件は、雨が少なく、大河川がゆったりと流れる地域と比べると、陸上の汚染物質をすみやかに洗い流すことに役立ってきました。
 ところが近年では、わが国の地下水も欧米並に硝酸性窒素により汚染されてきています。その背景には、まず第1に、単位面積当りの農地に対する施肥量の増加があげられます。図X-13に 示すように、わが国の施肥窒素量は1980年代中期まで、うなぎ登りに増加しました。特に茶の栽培には大量の窒素肥料を用いるため、茶園地帯の地下水に含 まれる硝酸性窒素濃度はきわめて高くなっています。また果樹園や野菜畑の多い地域では、その汚染は地域的な範囲に広がっています。さらに畜産農場は、その 周辺局部的に地下水の窒素濃度を非常に高濃度にしている場合が多くみられます。
 一方、上述したようにわが国全体としてみてみると、上水道を地下水に依存する率は低いのですが、図X-4にみるように、中小規模の水道給水施設の場合、その水源のほぼ半分は地下水です。また地域別にみると図X-5に 示したように、北陸、関東の内陸部、東海、南九州 、山陰地方などでは都市用水を地下水に依存する割合が高くなっています。このように、わが国の大都市地域では主に河川水を水道水として利用しているのです が、中小都市や農村部では飲料水を地下水に依存する率が高く、そういった地域で地下水が硝酸性窒素に汚染されると、深刻な問題になります。
 これまでの調査において、例えば1982年に環境庁が地下水調査を行った結果によると、1,360の井戸水を調査したうち、水道水の水質基準である10mgL-1(亜硝酸・硝酸性窒素の合量で)を超えていたのは119(9%)でした。このうち浅井戸では1,083中の116(11%)、深井戸では277中の3(1%)で基準値を超えており、おもに浅井戸で汚染が進んでいることが明らかになりました(表X-2参照)。ところが、1990年代初頭の調査では深井戸にも汚染が進行していることが示されています。
 農林水産省が1991年に行った農業用地下水の水質調査によると、全国182地点の井戸水のうち、硝酸性窒素が10mgL-1を超えていたのは28地点(15.4%)でしたが、そのうち27地点は水田地帯以外の地域でした。
 環境庁が1994〜98年度にかけて行った地下水調査によると、12,099の調査件数のうち、基準を超えていたのは656(5.4%)で、最高濃度は140mgL-1に達していました。
 また土地利用と地下水窒素濃度との関係は明らかで、例えば埼玉県における調査結果によると、地下水の硝酸性窒素濃度は水田地帯では0.3〜17.2mgL-1と極めて低かったのに対し、普通畑、集約畑地帯では10.9〜17.2mgL-1と高く、さらに茶園地帯では23.8mgL-1、畜産地帯や畜舎に近い井戸水では21.3〜46.0mgL-1と極めて高くなっていました。
 次に地域別の調査例を報告の古い順にみてみます。岐阜県各務原市では1971年(昭和46年)に、市東部の水道水源開発試掘中に、硝酸性窒素による地下 水汚染が判明し、この原因究明と対策に関する調査研究が1975年に開始されました。その結果、汚染源は当地が1967年に産地指定を受けた二ンジン作を 主体とする、畑作地帯に施された窒素肥料であるとされました。なお、1987年の井戸水調査を行った結果の報告によると、126地点の硝酸性窒素濃度は、 0.1〜26.7mgL-1の範囲にあり、平均は5.73mgL-1でした。
 松山平野全域において、飲料水源である深度2〜15mの浅井戸水165検体について、1970年代中期に調査された結果によると、単純平均は4.59mgL-1で、検体中の10%が基準値を超過していました。特に柑橘類が栽培されている比較的排水のよい傾斜地が発達している北部地域に属する67検体では25%が基準値を超過しており、平均濃度は6.58mgL-1でした。
 埼玉県の荒川扇状地に分布する井戸水に関する1979〜81年の調査報告によると、硝酸性窒素濃度の最高値は17〜72mgL-1、最低値は3〜26mgL-1の範囲にあり、また牛舎近くの地下水は107mgL-1に達していました。
 長野県において、県下23市町村の井戸水と湧水、合計276検体について1975〜76年に調査された結果によると、基準値以上を示したのは、小諸市で 71.4%に達し、以下同様に、上田市および川上村で50.0%、東部町38.1%、佐久市32.0%、小海町25.0%、須坂市24.2%、梓川市 20.2%、松本市11.1%を占めました。特に干曲川沿いの帯状地域で汚染が潜行していたことが明らかにされました。
 鹿児島県薩摩郡鶴田町における1984年の調査報告によると、透水性のよいシラス(ガラス質の火山灰、火山砂および軽石からなる非固結の火砕流堆積物)が分布する204の家庭井戸の硝酸性窒素濃度は0.31〜44.4mgL-1の範囲にあり、平均値は10.9mgL-1で、基準値を超える井戸水は全体の40.1%を占めていました。
 千葉県で161地点の農業用井戸水について1985〜86年に調査された結果によると、硝酸性窒素濃度は0.01〜67.9mgL-1の範囲にあり、単純平均値は7.19mgL-1でした。
 茨城県の24市町村で800の井戸水を対象とした1992年における調査によると、基準値を超過したのが208(26%)にのぼり、最高値は84.2mgL-1でした。
 鹿児島県沖永良部島において、島の北東部の花き園芸が盛んな地域を対象に、1992〜93年に井戸水および湧水を調査した結果によると、45地点中7地点(16%)で硝酸性窒素に関する基準値を超えていました。
 最近の例としては1999年度、熊本県における井戸水の調査結果によると、県央、県南部を中心とした38市町村の436地点のうち基準を超えたのは28 (6%)で、同様に、全県の定点監視調査では169地点のうち5(3%)、汚染井戸周辺調査では72地点のうち26(36%) が超過していました(総計すると、超過地点は704地点中59で8.4%)。
 これらの報告の他、福井県、愛知県、神奈川県、宮崎県などからも報告があります。
 このようにわが国においても近年では地下水の硝酸性窒素による汚染が各地から報告されてきています。これらの地域は、まず土地利用からみると、畜産や、 野菜・果樹栽培に集約的に利用されている土地であり、特に茶の栽培地域はその汚染がひどくなっています。また土壌・地質特性からみると、クロボクやシラス などの火山灰土壌地域、海岸砂丘地、扇状地、沖積平野や石灰岩地域など、透水性の良い条件にある地域は、地上に投与された窒素が雨水などに溶かされ地下水 に達する時問が短いので、いち早くその影響が出るものと考えられます。
 他方、硝酸性窒素による地下水の汚染は、表X-2で も示されるように、一般に浅井戸で進行します。深井戸は帯水層上部に不透水層があるため、地表から影響を受けにくいからです。しかしながら、水道統計およ び上水道の小規模水源の原水水質データを用いて、1970〜90年の推移が調べられ結果によると、近年では、浅井戸・深井戸のいずれにおいても、地下水の 硝酸汚染が進行していることが明らかにされています。これは、図X-6に示すように、深井戸の地下水涵養源となっている標高の高い地域において、畜産や集約的な園芸農業が行われている場合、これから排出される窒素が深井戸の地下水に入り込んでいるからと考えられます。
(中西康博)


 (3)宮古島の地下水水質の今昔

 宮古島地下水水質保全対策協議会(以下、協議会)は、宮古島の全島的な地点から採取した地下水試料を対象に、1989年(平成元年)4月より毎月、水質 についての調査・分析を継続してきていますが、それ以前にも、宮古島上水道企業団、宮古保健所などによリ、調査・分析がなされています。このうち最も古い 本格的な調査は、1966年に行われた当時の琉球政府企画局によるものです。この調査では、宮古島の全島的な21地点で採取された地下水を対象に分析が行 われました。その結果によると、硝酸性窒素濃度の平均値は1.95mgL-1で、最大、最小値はそれぞれ3.74、0.23mgL-1でした。宮古島の場合、人間活動による影響で地下水に負荷される窒素以外、すなわち自然に地球を循環する窒素の地下水濃度は1mgL-1程度と推定していますが、この値と比較すると、1960年代には、人間活動による窒素汚染はごくわずかであったと判断できます。
 ところが、協議会が1989年の7月24日から8月5日の間に、宮古島の全島的な217地点の湧水や井戸水を対象に行った調査によると、硝酸性窒素濃度は、最高値が22.7mgL-1で、6.00〜7.99mgL-1の範囲にあったのが全体の30.0%、同様に8.00〜9.99mgL-1の範囲内が20.8%を占め、さらに5.1%に当る11地点では飲料水の基準値である10mgL-1を超過していました。またこの調査に併行して、1989年4月から翌年の3月までの毎月1回、宮古島の44地点の地下水を対象とした分析が行われました。その結果、硝酸性窒素濃度の年平均値は1.92〜13.58mgL-1の範囲にあり、総平均値は7.58mgL-1でした。
 このように宮古島の地下水に含まれる窒素の濃度は、わずか20年ほどの間に約4倍に増加していたのです。
 協議会の活動が開始されて以降の、宮古島の地下水に含まれる硝酸性窒素濃度の推移を図X-7に 示しました。このグラフは、1989年度以降の調査のうち、これまで一貫して毎月調査されてきている13地点における年平均値の推移を示したものです。こ れを見ると、1989年度以降の平均値はわずかずつですが、減少傾向にあることがわかります。その減少程度は年に0.1mgL-1弱と計算されますが、この傾向が維持されたとして、1960年代の濃度、すなわち2mgL-1程度にまで減少するにはまだ45年ほどかかることになります。
 このように協議会の発足以降、宮古島の地下水水質は窒素に関しては徐々に改善されてきていますが、1966年当時の状況に地下水の窒素濃度を回復させるには、まだまだ努力が必要です。
(中西康博)

コラム『水の中の硝酸性窒素濃度を簡単にはかる方法』
コラム『平良市内の地下水の海水による影響』


3 硝酸性窒素はどこからやってくるの?

 前節でみたように、世界の様 々 な地域で、地下水は硝酸性窒素による汚染を受けています。それらの地域のうち一部では、汚染はとても深刻な状態にまで至っています。
 では、その硝酸性窒素は、もともと何に含まれていて、どのようにして地下水を汚染するのでしようか。ここでは、地下水を汚染する硝酸性窒素の由来について詳しくみてみましょう。

 (1) 地球をめぐる窒素

 地下水の窒素汚染問題において、地下水に含まれる窒素の多くは農業など人間の活動に由来しますが、自然のはたらきにより地球を循環する 窒素の一部も、地下水に含まれています。つまり、人間活動による影響が無くても、地下水にある程度少量の窒素が本来含まれます。このことを本節の第一歩と してみてみましょう。その理解を助けるために、図X-10を示しました。この図では、人の影響がなくても自然に循環する窒素の流れを青い矢印で、おもに人の影響により流れている経路を赤い矢印で、また本来は自然の流れではあるけれども、現状では人の影響の強いものを紫色の矢印で示しました。
 地球全体における窒素の分布をみると、大部分(97.82%)は地殻中に含まれていて、この窒素は火山ガスの噴出によって大気に供給されると考えられて います。大気に含まれる窒素は、地球全体の窒素の1.96%に過ぎませんが、大気の78%は窒素です。このように窒素ガスは大気の約3/4を占めるのです が、分子状(N2)をしているため、ほとんどの生物は直接利用することができません。
 しかしながら、中には窒素ガスを固定・利用できる生物がいて、これらをまとめて窒素固定生物と呼びます。土壌中への窒素の供給は、自然には、主にこれら の窒素固定生物によって行われます。典型的な窒素固定生物は、一般の細菌、光合成細菌、ラン藻などの一部の種で構成され、生物全体からするとごく少数の種 です。窒素固定生物に取り込まれた窒素ガスは、ニトロゲナーゼと呼ばれる酵素によりアンモ二アに変換され、さらにアンモ二アはアミノ酸に変換され有機物と なります。
 また、窒素固定生物には植物と共生しているものがあります。例えば、根粒菌という窒素固定細菌はマメ科植物と共生しており、植物の根にすみついた根粒菌は固定窒素を植物に与えるかわりに、根粒菌は光合成で生産した糖を植物から受け取ります。
 このように、自然のいとなみのなかで、大気中の窒素が土壌に供給され、植物に利用されるようになるには、窒素固定生物のはたらきが非常に重要で、この生 物的窒素固定量は地球全体で年問約1億数千万トンと見積もられています。一方、生物的窒素固定によるものとは別に、非生物的な窒素固定によるものもありま す。すなわち、窒素質化学肥料(X-3-(3)参 照)として、または雷により土壌中へ供給される窒素です。窒素質化学肥料は人工的な高温高圧条件下で作られますが、燃焼や雷のような自然の高温条件下にお いても大気中の窒素は酸素と反応して酸化窒素ができ、これは最終的には硝酸として雨などとともに地下に降り注ぎます。このように生物以外により行われる窒 素固定の量は、年間約5千万トンと推定されています。
 窒素固定生物や雷などのはたらきによリ、大気から土壌中に供給された窒素は、土壌中で無機物から有機物、あるいは有機物から無機物へとかたちを変えつ つ、一部は植物の栄養として利用されます。土壌から植物に吸収された窒素は、一部は動物に摂取されますが、ふん尿、または動植物の遺がいというかたちで、 結果的にその多くは再び土に戻ります。
 このように土壌中に供給された窒素は、土と生物(微生物、植物、動物)の間をめぐっているのですが、この循環過程において窒素の一部は大気に戻ります。 例えば、湿地や沼地などのように、水が水面を覆っていて、かつ水の動きが小さい場所では、土の中で窒素はガス化し空中に放出されます。この作用には主に微 生物が関わります。湿地のような無酸素状態(嫌気条件)では、ある種の微生物が硝酸性および亜硝酸性窒素に含まれる酸素を呼吸に用いるため、その結果、窒 素は還元され窒素ガス等の気体となって空中に放出されるのです。
 一方、土壌中に供給された窒素の一部は、雨水に流され地下水、河川、湖沼に流れ込みます。ここで、自然循環窒素は地下水に入るわけです。さらにこれらの 窒素は海に至ります。大気から海水に直接溶け込んだ窒素を含め、海水中の窒素は、一部は陸上と同じくガス化して大気に戻るのですが、一部は海底沈殿物を経 て、地殻に戻るという悠久の循環過程に入ると考えられます。
 このように地球規模で循環する窒素の一部は地下水中にも含まれますが、通常、人体や環境に悪影響を及ぼすほどの濃度は含まれません。
 宮古島の地下水にも、このような自然循環窒素が含まれていると考えられますが、その寄与率は肥料や家畜ふん尿由来に比べて小さく、15%前後と推定しています。残りの85%前後は肥料や家畜ふん尿、生活排水に由来します。(X-3-(5)参照)。
(中西康博)

コラム『「おいしい水」ってどんな水?』
コラム『窒素と環境問題』
コラム『雨水中の硝酸性窒素濃度』


 (2)外国からやってくる汚染のみなもと−食料と飼料

 わが国の歴史において、江戸時代には鎖国政策がとられていたこともあり、私たちの食料は完全に国内で自給されていました。ところが明治 維新以降、外国から食糧が徐々に輸入されるようになり、近年では食料自給率が非常に低くなってきています。農林水産省が毎年度作成している「食料需給表」 によると、平成10年度の食糧自給率(供給熱量自給率)は40%にまで低下しています(図X-12参照)。主要な食料品目のうち、とりわけ自給率が低いのは豆類(5%)、小麦(9%)、砂糖類 (32%)、牛肉(35%)となっています。また畜産物に関しては、飼料用穀物の多くを輸入しているため、純粋な自給率はさらに低い値となります。
 このように海外から輸入される大量の食飼料には、どれだけの窒素が含まれているのでしょうか。表X-5に示した三輪らの試算によると、1982年当時、穀物輸入に伴い1年間に日本へ流入した窒素量は約76万6千トンで、この量は化学肥料として1年間に消費された窒素量を上回っています。
 近年、日本に輸入される食飼料に含まれる窒素の量は、約93万トンと試算されています。この量は農耕地面積当りに直すと約120kgha-1となり、図X-13に 示すように、農耕地に年間施用されている窒素質肥料の量とほぼ同量で、世界第一の窒素輸入国となっています。すなわち、わが国は海外から大量に窒素を取り 入れている一方、農産物などを通じての輸出量はごく少ないため、輸入した窒素のほとんどが、わが国の国土や環境に継続的に蓄積することになリます。
 このように食飼料として輸入された窒素は、最終的には、畜産ふん尿、生活排水、あるいは生ゴミなどに含まれる窒素となリ、これらはわが国の地下水、湖沼、河川水、近海水などを汚染する原因物質となっています。
 一方、大量の窒素が毎年わが国に輸入されているという事実は、地下水汚染など、窒素による環境汚染問題の解決をより困難にしています。すなわち、窒素に よる環境汚染を解決するには、国内で単に窒素をリサイクルするだけではだめで、食飼料の自給率向上により窒素の輸出入バランスをはかることや、畜産や家庭 から排せつされる汚水に含まれる窒素をガス化(脱窒)して、無害なかたちで大気に放出する方法などにより、わが国における窒素の蓄積量を減らす努力が併せ てとられる必要があります。
(中西康博)

 (3) 化学肥料

 窒素は、例えば私たちのからだをつくるタンパク質の主要な構成元素であるように、生物にとってなくてはならない元素です(体重70kg当り1.8kgの窒素が含まれます)。この重要な元素である窒素は、本節の(1)でみたように地球の大気にはたくさん含まれるのですが、ヒトはこの窒素を直接体内に取り込んで利用することはできません。また、土をつくるもととなる岩石中にも一般的には含まれない物質です。
 したがって、大気中の窒素を容易にかつ大量に利用できる方法を発明することは、安定的かつ充分に食料を確保するうえから、人類にとって長い間の夢であっ たのです。この夢は20世紀の初頭、ドイツの化学者ハーバーによって実現されました。この方法の開発により、空気から窒素肥料をつくることが可能となり、 この化学肥料の利用により、その後の農業生産量は飛躍的に増大したのです。近代において急増する世界の人口を、食料供給面から支えてきた最大の貢献のひと つは、窒素肥料の開発と普及にあったのです。
 しかしながら、使い勝手が良く、成分濃度の高い化学肥料は、やがて過剰に使用されるようになりました。例えばある農地に施用する肥料に含まれる窒素の量 (施用量)を、その農地から収穫物として除かれる窒素の量(除去量)と比較したとき、施用量の方が多いとします。この場合、除去量よりも施用量の方が多い ので、その余りが農地に残留することになります。この残留した窒素は、一部は土壌に栄養として残りますが、一部はガス化して大気に放出されたり、あるいは 雨に流されて川や地下水などに入りこみます。このような状況が、世界中の特に先進農業地域において生じてきています。
 ガス化した窒素は、本節の(1)のコラム『窒素と環境問題』で示したように、その形態によってはオゾン層破壊ガスや地球温暖化ガスになりますし、流された窒素は、主に硝酸性窒素のかたちで地下水、河川水、湖沼水などを汚染することになります。
 それでは、農耕地にはどれくらいの窒素が化学肥料として投入されているのかを次にみてみましょう。
 図X-14は、 OECD調べのデータをもとに、世界の先進諸国において、農耕地1ha当リに年間消費された化学肥料窒素量をグラフにしたものです。これをみると、 1993年当時の日本の値は134.4kgで世界の上位に位置し、ドイツ、スイス、デンマークなどとほぼ同量になつています。最上位クラスはアイルランド とオランダで、投入量は日本の3倍以上に達しており、これら2か国に次いで、ニュージーランド、べルギー、イギリスで多くなっています。わが国を含め、農 耕地に多量の窒素肥料を施用しているこれらの国々では、本章2-(1)でみたように、農耕地由来の窒素により地下水が汚染されているという問題を共有しています。
 次に、わが国における作物による窒素肥料の施用量の違いをみてみましよう。
 表X-6は農水省調べによる、農耕地10a当りに年間施用される作物別窒素量(kg)をまとめたものです。これをみると、茶や桑を栽培する農地への窒素施用量は格段に多く、反対に豆類、雑穀、カンショの栽培農地への施用量は少ないのがわかリます。またY-2-(1)で示すように、宮古島の農地に年間施用される肥料窒素量は10a当り約11kgで、この量はわが国の平均施用量に近い値です。
 このように農地に施用された肥料窒素のうち、作物に吸収利用されるのは何割ぐらいなのでしようか。
 農地に施用された肥料窒素の作物による吸収利用量は、作物や肥料の種類、施肥方法、農地土壌の性質、地形・地質、気象などの条件により異なりますが、一般的な値をまとめて報告されている例を表X-7に 示しました(なお、この表は環境中における肥料成分の行方を示したもので、表中の[植物に吸収]には作物以外の植物による吸収も含まれます)。これによる と、植物による肥料窒素の吸収は40〜50%とされ、作物に関する他の研究例を見ても、ほぼその程度の比率が示されています。
 このように、これまでの研究報告によると、農地に施用された肥料窒素のうち作物に利用されるのは半分程度で、残りの一部は地下に流され、地下水を汚染します。地下水の窒素汚染問題では、農耕地由来の窒素負荷量を推定するうえで、この比率は重要な要素となります。表X-7で は、肥料成分のうち水域に流出する窒素の比率を3〜10%としていますが、この比率は上述した施肥方法、土壌、地形、地質等の条件により大きく異なると考 えられます。例えば宮古島の場合、肥料に含まれる窒素のうち、約4割が地下に流され、地下水を汚染しているものと推定しています。
(中西康博)

コラム『窒素の工業的固定と化学肥料』
コラム『土の性質と硝酸イオン』


 (4)生活排水に含まれる窒素

 宮古島における硝酸性窒素汚染の要因のひとつに私たちの生活から出る生活排水の地下浸透があります。
 毎日食べている魚や肉には、夕ンパク質として多くの窒素が含まれています。栄養源として取り込まれたタンパク質は、人の体内で分解され、窒素分が尿素やアンモ二アの形で体外へ排池されます。
 また、尿尿(しにょう)の他にも生活排水では、洗濯や風呂、料理や食器を洗う流し台などから多くの窒素分が排出されます(図X-16参照)。
 宮古島では、下水道の整備が遅れているため、これらの生活排水の多くが地下に浸透しています。私たち1人1日当リの窒素の排出量は、尿尿として約 7.0g、雑排水として2.0gと推定されています。このことから特に人の多く住む平良の市街地においては、地下水の硝酸性窒素汚染の主な原因となってい ます(図X-17参照)。
(下地邦輝)

 (5)宮古島の地下水に含まれる硝酸性窒素の由来は?

 宮古島の地下水にどれくらいの濃度で硝酸性窒素が含まれているのかは、既に本章の2-(3)でみましたが、その硝酸性窒素はもともと何に含まれていたのでしょうか。
 人間活動が原因となって地下水に窒素が流れ込む場合、その汚染源としては農業系、工業系および生活系に大別できます。このうち農業系の場合には、農耕地 に施用された肥料や、家畜ふん尿等の畜産廃棄物に含まれる窒素が原因となります。同様に工業系の場合、食品製造業等の工場排水に含まれる窒素が、また生活 系の場合、生活排水に含まれる窒素が汚染源となります。
 宮古島においては、製造業等の工業はほとんど発達していないため、地下水に含まれる窒素の主な起源は、現状では農業系と生活系に加え、自然に循環する窒 素(酸性雨の窒素はこれに含める)の3者に限定できます。ただし農業系は肥料由来と畜産由来の窒素に分けることができるので、肥料、家畜ふん尿、生活排水 および自然循環窒素の4者となリます。
 これら4者からどれくらいの窒素が宮古島の環境に投入され、そのうち地下水に流れ込むのはどれほどなのでしょうか。はじめに、宮古島の環境へ1年間に投入される窒素量についてみてみましょう。
 表X-8は、 宮古島の地上環境に投入された年間窒素量について、1989〜98年の推移を負荷源別に推定した結果です。表中の窒素量は、宮古島において販売された肥 料、畜産業から排出されたふん尿、生活排水のそれぞれに含まれた窒素量、ならびに地下浸透水中に含まれた自然に循環する(酸性降下物を含む)窒素量を、調 査・計算して求めました。これをみると、宮古島の環境に投入される窒素の年間総量は、調査期間を通じ約2,200トンから1,900トンへと徐々に低下し てきていること、このうち肥料による投入量は1989年頃には約1,400トンで、その寄与率は約60%を占めていたのが、近年では850トン程度に減少 し寄与率も低下していること、反対に、家畜ふん尿の負荷量は徐々に増加しつつあり、期間中の寄与率も約20%から30%に増加してきていることがわかりま す。また肥料と家畜ふん尿を合わせた寄与率は全体の約8割を占め、この比率は調査期間中において、ほとんど変化していません。なお図X-18は、1998年度の推定値をもとに、宮古島に投入された窒素の起源別寄与率を円グラフにして示したものです。
 次に、このように宮古島に投入される窒素のうち、地下水に流れ込む量はどれくらいなのかをみてみましょう。表X-9は、 宮古島の地下水へ1年間に負荷される窒素量と、負荷源別の寄与率について、1989〜98年度の推移を推定してまとめたものです。これをみると、宮古島の 地下水に流れ込む窒素の年間総量は、調査期間を通じ約1,090トンから960トンへと徐々に低下してきていること、このうち肥料に由来する量は1989 年頃には約555トンで、その寄与率は約51%を占めていたのが、近年では340トン程度に減少し寄与率も低下していること、反対に、家畜ふん尿に由来す る量は徐々に増加しつつあり、期間中の寄与率も約18%から31%に増加してきていることがわかります。また肥料と家畜ふん尿を合わせた寄与率は全体の 65%前後を占め、この比率は調査期間中において、ほとんど変化していません。一方、宮古島においては下水道や下水処理場の整備が遅れているため、生活排 水に由来する窒素の寄与率が調査期問を通じ15%程度の高い比率を占めています。なお図X-19は、1998年度の推定値をもとに、宮古島の地下水へ負荷された窒素の起源別寄与率を円グラフにして示したものです。
(中西康博)

コラム『伊良部島の地下水の硝酸性窒素濃度』

 (6)多良間島の地下水に含まれる硝酸性窒素の由来は?

 南西諸島には無人島を含めて199島ありますが、これらは、起伏に富む地形で山地を有する高島と、起伏に乏しく平坦な地形の低島に大別されます。低島に は宮古諸島をはじめ、喜界島、沖永良部島、与論島、伊江島、竹富島、黒島、波照間島などが含まれ、また沖縄本島の中南部は低標高地域です。これらの島や地 域は、透水性の高い琉球石灰岩とその風化土壌により構成されているため、土地利用の状況によっては地下水が硝酸性窒素により汚染されるという共通の危険性 をはらんでいます。
 多良間島もそのような島のひとつで、飲料水を従来地下水に依存してきている一方、宮古島同様、耕地率が高く、サトウキビ栽培と畜産が主な産業となっています。多良間島は北緯24°40’東経 124°42’に位置し(図T-1参 照)、面積は19.73kuで、東西約6km南北約2kmの楕円形を呈する島の最高標高はわずかに34mです。年降水量は、1976〜88年の平均で 2,064mm、1990〜97年の平均は1,805mmです。年平均気温は23.8℃(1994〜97年)で、海洋性亜熱帯気候に属します。
 地質は図X-23に示すように大部分が第四紀更新世の琉球石灰岩によって構成され、この石灰岩層は深度50〜60mまで分布し、基盤の石英質多良間砂層を覆っています。
 同島の水収支は、1976〜88年の調査結果によると、降水の地下浸透率は58%と高く、地表流出、蒸発散、中間流出する率はそれぞれ7、32、3%と推定されています。地下浸透した降水は、図X-24に 示すように、塩淡境界をはさみ、淡水部が塩水部の上に浮かんだような形態、すなわち淡水レンズ形態で、孔隙に富む琉球石灰岩層内に貯えられています。した がって地下水位はほぼ海水位に等しく、淡水地下水層の厚さは厚いところでも7〜8m程度で、下部は汽水(淡水と塩水が混ざった水)となっています。
 島人口は1,424人(1997年3月末)で、うち農家人口は875人(1995年)で全人口の約6割を占めています。耕地面積は778ha(1995 年)で、このうちの18.5%は飼料畑、81.4%は普通畑で、普通畑の92.9%にサトウキビが栽培されています。森林率は24.4%(1996年3月 末)です。
 主産業である農業の粗生産額は9億3,800万円 (1995年)で、うち耕種が63%を畜産が37%を占めます。畜産は肉牛の繁殖が主体で、1996年12月末現在、126戸が2,832頭を飼養しています。
 また家庭排水は現状ではそのほとんどが地下浸透処理されています。
 この多良間島の全域15地点から1996年2月8〜9日と翌年4月30日の2回、地下水を採水し、これに含まれている硝酸性窒素濃度を分析しました。
 その結果、図X-25に示したように硝酸性窒素濃度は、第1回の調査では5.10〜11.0mgL-1 の範囲にあり平均値は8.35mgL-1で、全域的に硝酸性窒素による汚染が進んでいることが明らかになリました。第2回の調査では、硝酸性窒素濃度は1.25〜13.6mgL-1の範囲にあり、平均値は7.88mgL-1と低下しましたが、基準値の10mgL-1以上を示したのは第1回の2地点から4地点に増えました。またアンモニア態窒素濃度を含めると全窒素濃度の平均は、第1回の8.38mgL-1から9.12mgL-1に上昇しており、汚染の進行がうかがわれました。
 一方、多良間島において販売された窒素質化学肥料について調べた結果を表X-10に示しました。これによると農地に化学肥料として投入される窒素のほとんどは804号と尿素で、とりわけ804号がその多くを占めています。前者はサトウキビ栽培に、また後者は牧草栽培に主に使用されています。単位面積当りの窒素肥料の投入量は表X-11に示したように1995年度には188kgN/ha 、1996年度では248kgN/haで、わが国の平均値の134kg/ha(1995年)と比較しても極めて高い数値でした。
 また、多良間島の地下水に含まれる硝酸性窒素の由来を推定した結果、化学肥料と家畜ふん尿に含まれる窒素の寄与率は、それぞれ40%程度を占め、2者を併せると8割に至ると考えられました。
 したがって、多良間島の地下水に含まれる硝酸性窒素濃度を低減し、地下水を保全するためには、畑地農業と畜産から地下水へ排出される窒素量を抑制するこ とが重要と考えられます。例えば、サトウキビに施肥される化学肥料の効率を上げることによって減量するとともに、これに併せて、家畜ふん尿をたい肥として 農地に戻すことなどを促進する必要があるでしよう。
(中西康博)

コラム『沖縄島の河川水と湧水の硝酸性窒素濃度』



4 硝酸性窒素に関する規制

 水道水や公共用水等に関する全搬的な水質基準については、V-5でみましたが、ここでは特に硝酸性窒素に関わる規制について、国内外の事例をみてみましょう。

(1) 世界における規制

 欧米諸国では硝酸性窒素あるいは硝酸イオンに関する地下水の水質基準を、わが国に先がけて設けるとともに、一方では、その具体的対策を講じてきています。
 それらの例のうち、まずオランダについて詳しくみてみましよう。
 オランダは現在、純輸出額でみると米国に次ぐ世界第2の農産物輸出国で、輸出総額の25%を占めています。同国は畜産王国として有名で、その主な家畜飼 養数(1999年)は、人口(1,580万人)にほぼ相当する1,357万頭の豚をはじめ、牛421万頭、羊140万頭、鶏1億477万羽、七面鳥 1,438万羽にも達しています。またオランダは、畜産とともに花弁園芸が盛んな国でもあり、花弁栽培面積(1999年)は約6千haで、アンスリウム、 バラ、マーガレット、カーネーションを主に栽培し、またチューリップとユリを主体とする球根の栽培面積は約2万3千haにも達しています。これら観賞用植 物の対EU輸出額は食肉をしのぎ、農産物の中でトップの座を占めています。このように、オランダ経済にとって農業は重要な産業のひとつとなっています。
 しかしながら、狭い国土にきわめて高度に集約化され発達した農業は、一方で深刻な環境問題を引き起こす原因ともなりました。まず、多数の飼養家畜から排 せつされるふん尿は、僅か41,526kuの国土の環境に大きな影響を及ぼすであろうことは容易に想像できます。さらにオランダは、無機肥料の単位面積当 りの農地施用量が世界でトップクラスにあり、窒素として年平均約220kgha-1を施用しています。この窒素施用量はわが国(約120kgha-1)の2倍近い量であり、またオランダの温室園芸農地(835kgha-1)や、飼料作物を栽培する農地(315kgha-1)における値はとりわけ高くなっています。
 このような背景からオランダの地下水や河川水さらには北海などが、家畜ふん尿や肥料に由来する窒素やリンによる汚染にさらされており、国家経済にとって重要な農業を環境と両立させつつ維持・発展させるための施策の立案と実行が、緊急課題となっています。
 そこでオランダでは次に示すように様々な施策を講じてきています。とりわけ、農地に施用する家畜ふん尿量が窒素換算すると年平均約340kgha-1にもなり、最高の北ブラバント州では600kgha-1近くにも達するオランダでは、畜産に関して詳細な、かつ厳しい規制が設けられています。それらの例を次に示します。
 まず、単位面積当りの飼養家畜数を制限するとともにふん尿を農地に施用できる量や時期等についての規制を設けています。畜産経営者は、家畜飼養数の他に ふん尿の生産、農地施用、廃棄量について、詳細に記録することが求められています。また家畜ふん尿の供給者と需要者との仲介がスムーズに行われるよう「ふ ん尿銀行」が設置されています。なお興味深いことに、これらの規則に違反した場合は、罰金を徴収するのは警官の役割となつています。
 またオランダでは、酸性雨の原因物質のひとつであるアンモニアガスが家畜ふん尿から揮散する量を削減するための施策をとってきています。例えば、家畜ふ ん尿を貯蔵するタンクには必ずふたをする、農地に散布する場合には表面ではなく地中に注入する、畜舎の床を水洗できるように改造する、排出されたふん尿を 酸性化してアンモニアの揮散量を減少させる、などの対策を畜産経営者に求めています。
 一方、温室内での溶液栽培も盛んなオランダでは、その栽培溶液を循環利用して、系外に放出されない装置の開発を進めたり、土壌分析をもとに、無駄な肥料を農地に施用しないシステムを導入したりしています。
 オランダの他にもヨーロッパには、家畜の飼養密度や農地へのふん尿施用量を制限している国があります。例えばデンマークでは、1ha当りの農地に飼養す ることのできる上限密度、成牛、母豚および採卵鶏でそれぞれ2.3頭、5.1頭、255羽とし、年間1ha当りの農地に施用してよいふん尿の量を、それぞ れ248kg、184kg、137kgとしています。イギリスは、ふん尿の施用上限を窒素に換算して年間25kg/10aとすることをガイドラインとして いますし、ドイツでは廃棄物処理により、同様に24kgと設定しています。
 このようにヨーロッパでは、現在数々の規制が設けられていますが、ECの時代には既に、農業政策的に「散在汚染源に発する硝酸汚染からの淡水、沿岸水および海水の保護に関する指令」を加盟国に提案しており、このなかで次のような制限対策があげられています。

 @ 有機質および無機質窒素肥料の使用を制限する。
 A 野菜残さのすき込みを制限または禁止する。
 B 輪作およびキャッチ作物(土壌中の過剰栄養を吸収除去する作物)を利用する。
 C 年間を通じ、農地を植物により被覆するよう最大の努力を払う。
 D 農耕地を休閑させるか、または再森林化する。
 E 農業を多様化させる(硝酸性窒素汚染を伴わない作物、あるいは農外収入活動への転換)。
 F 農家に教育および訓練をほどこす。
 G 土壌および作物中の窒素の挙動に関し科学的に研究する。

 一方アメリカ合衆国では、LISA(低投入持続型農業)の実施を提唱するなか、1990年農業法第2章において「農業における水質保全計画 (Agricultural Water Quality Protection Program)を示しています。この計画は、水質に影響を与える化学製品の使用を3〜5年間制限することに重点が置かれており、農業生産のための肥料や 農薬のより効果的な使用促進と共に、化学製品や動物ふん尿などの、安全な保管、配合、処理を目的としています。
(中西康博)

 (2)日本における規制

 わが国では、水域に含まれる硝酸性窒素に関して、まず水道法により「硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素」の項目名で水質基準が設けられています。これは健康に関する29項目のうちのひとつで、基準値はそれらの合量で10mgL-1となっています。これ以上の濃度になると健康を害するおそれがあるため、水道水として供給することができません。
 わが国ではまた、環境基本法による基準が設けられています。これは「公共用水域及び地下水の水質汚濁に係る人の健康に関する環境基準」の一部として設け られており、「硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素」の項目は1999年2月に「要監視項目」から「健康項目」にいわば格上げされました。基準値は水道法と同じ く、合量で10mgL-1です。これにより、公共用水や地下水に硝酸および亜硝酸性窒素が10mgL-1以上含まれると、飲料水として利用されていなくても、問題であると明確に規定されたわけです。
 このような規制が整備されるなか、一方では環境に排出される窒素を制限するための法令も定められました。本書で何度かふれられるように、地下水等の水域 を汚染する硝酸性窒素の主な発生源は、農地に施用される化学肥料と、適切に処理されていない家畜ふん尿です。これらのうち、窒素の排出を制限する法律は、 まず家畜排せつ物に対して設けられました。これは「家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律」で、1999年11月1日から施行されていま す。この施行の背景には、これまで有効利用されてきた家畜排せつ物の資源としての利用が困難になるつつある一方、適正に管理されていない家畜排せつ物が水 質汚濁などの生活環境に関する問題を発生させてきていることがあります。そこで本法では、家畜排せつ物を適正に処理または管理するための施設を設けること や、たい肥として活用するなど、その資源としての有効利用をいっそう促進するための事項が示されています。
 さらに環境庁の中央環境審議会の水質部会では、窒素に関する排水規制の基準を2000年10月18日に定めました。これは鉄鋼業や顔料を製造する工場、 下水道終末処理場、畜産事業場などから出される排水中の窒素濃度を規制したもので、基準は硝酸性・亜硝酸性・アンモニア性窒素の合計で10mgL-1としています。
(中西康博)



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